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Tokyo Sento 
東京銭湯

5.1 地域における「メディア」としての銭湯

  オーナーの西川隆一氏は、狛江湯を「体験する場所」と位置づけている。家庭風呂の普及に伴い銭湯の数が減少していく中で、西川氏は、銭湯を単なる生活インフラとして維持することには限界があると認識していた。その認識のもと、彼は大規模な改装を通じて、狛江湯を単なる入浴施設ではなく「体験の場」として再構築した。長年にわたり狛江湯のスタッフとして勤務し、2022年に正式に経営を継承した西川氏は、次のように語っている。

「色々やらせてもらえない時期が長かったから、どうやったらお風呂屋さんを残していけるか、アイデアを溜め込んでいた。」

「インフラとしての銭湯ではなくて、別のかたちで銭湯にできないか。今は、家にお風呂があるからインフラとしての銭湯は役目を終えた。インフラとしての銭湯から、未来に残せるものとして『体験できる場所』として発信していく」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 西川氏は、「体験する場所」としての狛江湯のコンセプトを、顧客が銭湯の空間で多様な体験を享受できる場、すなわち「街のメディア」として表現している。その意図は、以下の発言に端的に表れている。

「銭湯ではなくて、『街のメディア』としてやろうと。場所というメディア。いろんなことを共有する。ただ体を洗う場所じゃなくて、多様性とかいろんな情報、建築とか、クラフトビール、食事、イベントを楽しめる。いろんなことを楽しめる場所にしたかった」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 かつて狛江湯の主な利用客は、近隣に居住する高齢の常連層であった。しかし、2022年から2023年にかけて実施された大規模な改装を契機に、世代を超えた多様な客層が訪れるようになっている。とりわけ、1960年代後半以降の家庭風呂の普及に伴い、主要な利用層ではなくなっていた若年層の来訪が顕著に増加している。また現在の利用者には近隣住民だけでなく、遠方から訪れる者や、その後に再訪する者も少なくない。このような顧客層の変化は、銭湯内での個々の顧客同士の交流を限定的なものとしている可能性がある。一方で、大規模な改装を経て再構築された狛江湯の空間において、オーナーの西川隆一氏は、「個人がひとりでいることを楽しみながらも、他者の存在を感じられる空間」の実現を目指している。このビジョンは、銭湯に併設されたカフェ/バー「SIDE STAND」に、最も象徴的に表れている。

 ただし、狛江湯は単に「ひとりを楽しむ場」にとどまらない。主要な利用客は個人客であるものの、電気湯や小杉湯と比べて友人や家族などのグループ利用が多い点が特徴的だ。グループで訪れる来客にとって、銭湯は知人との交流を楽しむ場となっており、狛江湯はそうした人々が関係を育み、深める空間として機能している。

 さらに、建築デザインの全面的な刷新や顧客層の変化があったにもかかわらず、地域の高齢の常連客も引き続き訪れており、狛江湯は地域コミュニティのつながりを維持する場としての役割も果たしている。

「僕が目指したのは、地域の人だけじゃなく、電車でも、遠くからでも来てもらえるような銭湯にしたかった」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 体験の場としての空間を創出し、若年層や地域外の訪問者をターゲットとするビジョンは、狛江湯に大きな付加価値をもたらした。序章で述べたとおり、これらの変化には、現代的な建築デザインの採用、若年層に特に人気の高いロウリュサウナの導入、カフェ・バーの併設、さらには各種イベントの開催などが含まれている。

このような背景を踏まえ、狛江湯は異なる世代の人々を引き寄せる空間へと、成功裏に変貌を遂げた。特に、1960年代の銭湯衰退以降、主要な顧客層ではなくなっていた若年層が、以前より頻繁に訪れるようになっている。フィールドワーク中には、週末の午後1時の開店と同時に、個人およびグループの若者たちが次々に訪れる様子が確認された(図16参照)。とりわけサウナは若年層に高い人気を誇り、週末にはサウナの利用を待つ客が多数見られ、特に男性用浴室においてはしばしば順番待ちが発生していた。

 銭湯を「入浴」にとどまらない体験の場へと変革することによって、新たな付加価値が生まれ、入浴以外の目的で人々が銭湯を訪れる動機が生まれる。顧客層についても、かつての狛江湯は主に地元の高齢者の常連客によって利用されていたが、西川氏は特に若年層をターゲットとした集客の必要性を認識していた。また、狛江市が日本で二番目に面積の小さい市であることを踏まえ、地域外からの来訪者を取り込む戦略も講じている。

 

図16:休日の午後1時に開店した直後の狛江湯には、次々と来店する若者たちの姿が見られた。

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5.2 ひとりを楽しむ

 また西川氏は、顧客層の大きな変化、とりわけ狛江市外から初めて訪れる客や、再訪する客が増えていることに注目している。こうした顧客層の変化は、顧客同士の社会的交流のあり方に影響を与えている可能性がある。この点は、地元の高齢の常連客が積極的に交流し、その社交が銭湯の社会的機能の中心的役割を果たしている電気湯とは対照的である。実際、フィールドワークでは顧客同士の短い会話が見られたが、それは主に高齢の常連客が交流を始めた場合に限られていた。

 狛江湯では顧客間の積極的な交流は頻繁には見られない。その一方で、西川氏は再構築された狛江湯を、個々の顧客が心地よく「ひとりの時間」を過ごせる場にしたいと考えている。

「狛江湯がひとりで楽しめる場所っていうのが、生涯のテーマである」(西川隆一氏、インタビュー、2024年10月31日)。

 西川氏は、銭湯を顧客同士が積極的に交流する場としてではなく、ひとりで過ごすことを楽しみながら、他者の存在を感じ取ることのできる空間として構想している。

 このビジョンは、狛江湯の入口近く、受付に隣接して設けられたカフェ/バー「SIDE STAND」に最も象徴的に体現されている(図17・18参照)。銭湯に休憩スペースを併設すること自体は比較的一般的であり、多くの場合、脱衣所や受付付近にソファなどが設置され、受付で購入できる飲料を楽しむことができる。しかし、食事を提供するスペースの導入は稀である。狛江湯には改装前にスナックバーが存在しており、西川氏はその食事スペースとしての機能を異なるかたちで引き継ぎ、SIDE STANDの設置を決断した。ここでは、アルコール類や各種ソフトドリンクに加えて、狛江湯のオリジナルメニューを楽しむことができる。

 前述のように、銭湯は歴史的に、地域住民の社交場として機能してきた。しかし、西川氏はこれとは異なるアプローチを採用している。それは、直接的な交流を前提とせずに、緩やかな社会的つながりを育むというものである。この考え方は、彼の銭湯経営に対する個人的なビジョンにも表れている。

 西川氏は、SIDE STANDに対して特別な思いがあり、ここを銭湯内でもお気に入りの空間と位置付けている。この場所において彼は、顧客が入浴やサウナ以外の場面でも、ひとりの時間を楽しみながら、他者の存在を感じ取れることを目指している。このようなビジョンは、顧客が本質的に求めているものに対する西川氏自身の深い洞察に基づいている。

「ひとりではいたいけど、人の存在を感じて安心感を得る人もいる。ひとりでも、繋がっている実感がある人もいる。ここの場合、周りに人間がいることを感じながら、ひとりで飲める。誰の気も使わず、周りに人間がいることを感じながら、ひとりで楽しめる場所を作りたかった」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 

図17:右側がSIDE STAND、左側は受付、

受付エリア内にはキッチンが併設されている

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図18:SIDE STANDにはテラス席もある

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「バーとかだと、マスターがいて気を使うことも多い。だけど、SIDE STANDでは従業員も立ちっぱなしで、ながら作業でいろんなことをしている。だから飲食の風景に視線がそこまで注がれない。従業員の視線も気にならない」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 前章で述べたように、このビジョンは「共存」や「一緒にいる孤独」の理論的枠組みと深く関係している。同じ空間を共有する人々が、単に物理的に近接しているだけでなく、互いの存在を認識している。このような状態は、「人と人が共にあることの一形態(a mode of human togetherness)」であり、他者の存在を介して社会的なつながりが生まれることを示している(Zhao & Elesh, 2008, p. 578)。

 西川氏は、多くの人にひとりで過ごすことを楽しんでほしいと考えている。そのために SIDE STAND は入浴客以外にも開かれた、誰でも利用できる場となっている。また、狛江湯の空間構成においても開放感が意識されており、建物の一部の壁が取り払われているほか、屋内外にまたがってテーブルと椅子が配置されている。これにより、SIDE STAND は外からも見えやすく、通行人に対しても開かれた雰囲気を醸し出している(図19参照)。

 さらに西川氏は、SIDE STAND が居酒屋とは異なり、女性がひとりでも気軽に立ち寄り、飲み物を楽しめる空間であると説明している。また、ここではひとりで過ごす顧客がスタッフの視線を過度に気にせずに済むような配慮がなされいる。

図19:狛江湯の外観

壁の一部が取り除かれ、開放感が生まれた様子と、通りから見えるテラス席

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 確かに西川氏の構想どおり、SIDE STAND はグループや家族連れ、カップルに加えて、個人利用者にも広く支持される空間となっている。フィールドワークでは、高齢者の利用はあまり見られなかったものの、若年層の男女がひとりで訪れる様子が頻繁に確認された。最も人気が高かったメニューはクラフトビールであった。また西川氏によれば、その頻度は多くないものの、銭湯を利用せずに SIDE STAND での飲食のみを楽しむ来客も存在し、たとえば犬の散歩中に立ち寄ってドリンクや軽食をとるといった利用の仕方も見られるという。

図20:SIDE STANDで提供されるクラフトビール

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 顧客が他者の存在をどの程度意識し、つながりを感じているのか、あるいはそもそもそのような感覚を持っているのかを正確に測ることは難しい。しかし、個人がひとりで過ごすことを安心して楽しめるようにするための空間的な工夫が、SIDE STANDには見られる。たとえば、店内のテーブルは基本的に1~2人用であるが、座席はベンチシートが採用されており、複数の利用者が同じ座面を共有するかたちとなっている。この設計により、完全に区切られた個別席に比べて、他者の存在を意識しやすい環境が生まれている(図22参照)。さらに、フィールドワーク中には、SIDE STAND において筆者自身が「ひとりを楽しむ」瞬間を実際に体験することができた(シナリオ#1参照)。

シナリオ#1:狛江湯SIDE STANDにて

 

それは、ある土曜日の午後遅い時間帯のことである。

私はSIDE STANDの店内、ベンチシートの左側に座り、受付エリアに設置されたビールサーバーを正面に眺めながら、クラフトビールを楽しんでいた。

ひとりでいるにもかかわらず、スタッフが「こんばんは〜!」や「ありがとうございます!」と来店客に声をかける様子、ビールを注ぐ音、スタッフ同士の会話、小さな子どもとのやりとりなどが、店内に流れる落ち着いた音楽とともに響いていた。そうした周囲の気配によって、ひとりでいることの退屈とはかけ離れた、心地よい時間が静かに流れていった。

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図21:SIDE STANDの屋内ベンチシートから眺める風景

図22:SIDE STANDの共有ベンチ

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5.3 グループ交流のための社会的空間

 上記のシナリオに示されているように、この体験は、共有された空間の中でスタッフや他の顧客の存在を意識し、その存在を感じることに関わるものである。この事例は、スタッフとの交流や会話、さらには空間全体の雰囲気といった外的要因が、ひとりでいても他者の存在を感じさせ、社会的なつながりを育む一助となることを示している。

 総合すると、西川氏の狛江湯に対するビジョンは、従来の銭湯が果たしてきた「社会的な集まりの場」という役割から、ひとりの時間を楽しみつつも他者の存在を感じられる空間へと社会的機能を転換するものである。この志向は、カフェ/バー「SIDE STAND」に最もよく表れており、開放的な空間設計や利用客が過度に注目されない配慮を通して、個々の顧客が心地よくひとりの時間を過ごせる新たな銭湯体験を築いている。顧客が他者の存在をどの程度意識し、つながりを感じているかを明確に捉えることは難しいが、前述のとおり、物理的な空間レイアウトやそこに生まれる雰囲気が、ひとりを楽しむ体験と他者とのつながりを同時に生み出す可能性を秘めている。

 狛江湯は個人の顧客がひとりの時間を楽しむための空間にとどまらない。主な顧客層は個人客であるものの、狛江湯には他の銭湯(たとえば電気湯や小杉湯など)と比較して、友人や家族などのグループ客が多い点が特徴的である(図23参照)。家族連れの場合、親と小学校低学年以下の子どもが一緒に来店することが多く、子どもは同性の親と共に入浴する。その後、受付エリアで再集合し、SIDE STAND にて飲み物や軽食を購入し、一緒に過ごす姿が頻繁に見られた。

 一方で、本論で特に注目したいのは、友人同士のグループ利用である。これらは概ね同性の若者たちで構成されており、男性グループは3人以上、女性グループはペアでの来店が多かった。特にサウナは若者グループに人気であり、フィールドワーク中には、若い女性二人が体を洗いながら会話を交わし、その後サウナを終えて浴室内の椅子に座り、リラックスしながら引き続き会話を楽しむ様子が繰り返し観察された。彼女たちは、友人と過ごす時間そのものを楽しんでいるようであった。入浴後には、男性または女性のグループがSIDE STAND の屋外テーブルやベンチに集まり、クラフトビールを片手に会話を楽しむ様子も多く見受けられた。さらに、彼らは狛江湯の現代的な建築デザインに対しても関心を示し、建物の前で互いに写真を撮り合う姿も観察された。

 こうした共同体験を通じて、グループのメンバーは相互の関係をより深めることができる。Lebra(1976)は、親密な関係性は「communication of unity(一体感の醸成)」や、一緒に楽しい活動を行うことによって育まれると述べており(p. 115)、身体的に共にある共同入浴のような活動は、人々を同じ空間に集め、親密さを促し、つながりや一体感の感覚を生み出す助けとなる。特に、共同入浴は「social nudity(ソーシャル・ヌディティ)」の理論と結びつけて理解することができる。ここでは、個人が裸になることで社会的仮面を脱ぎ捨て、本来の自分をさらけ出すことが可能になるとされている(p. 116)。したがって、グループでの入浴という共同体験は、仲間との社会的関係を強化する要素となり得る。この考え方は、日本で一般的に使われる「裸のつきあい」という表現にも通じるものである。共同入浴を通して関係性が深まり、狛江湯はまさにそうした体験を可能にする空間であると言える。

5.4 地域の高齢の常連客と 「顧客全員のための良い銭湯」

 前述のとおり、改装後の狛江湯は、若い世代や新規の来客層を大きく引き寄せている。しかし、改装以前から通っていた地域の高齢常連客が姿を消してしまったのではないか、という疑問が生じる。この問いに対する答えは「ノー」である。フィールドワークの結果、改装前から通い続けている地域の高齢常連客が一定数存在し、地域のつながりを保ち続けていることが確認された(シナリオ#2参照)。

図23:狛江湯はグループ訪問に人気

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 狛江湯では、全面改装に伴い顧客層に変化が生じ、特に地域外からの訪問者が増加した。長年通っていた常連客にとっては、狛江湯の風景が変わったように感じられたかもしれない。しかし、上記のシナリオが示すように、一部の地域の高齢常連客は現在も変わらず定期的に訪れている。西川氏は、「常連さんは午後1時の開店後の早い時間帯で、大体午後5時頃までが多い」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)と説明する。

 狛江湯は、彼らにとって今も変わらず社交の場となっている。常連客が多い電気湯とは異なり、狛江湯では高齢の常連客同士が毎週土曜日に集まるなど、あらかじめ会う曜日や時間を決めている特徴が見られた。これは、狛江湯が単なる交流の場にとどまらず、彼らが互いの健康状態や安全を確認し合う役割も担っていることを示している。さらにシナリオが示すように、高齢の女性と中年の女性が改装後の狛江湯の清潔さを評価していることも、彼女たちが引き続き銭湯を訪れる理由の一つであると考えられる。これは、西川氏による銭湯環境に対する考え方とも一致している。

「本質の銭湯を絶対に忘れず、質は下げたくない。お風呂、サウナとして認められる」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 この目標を達成するために、西川氏とスタッフは定期的に他の銭湯を訪れ、良い取り組みを学びながら、自分たちの施設の質を高める努力を重ねている。たとえば、狛江湯では、健康効果が期待され、特に高齢者に人気のある炭酸風呂を設置している。このような銭湯の質の向上に向けた取り組みが、地域の高齢常連客を含む多様な顧客の定着に貢献していると考えられる。

 また、顧客間の排他性を抑えるための取り組みも行われている。すべての顧客にとって快適な銭湯環境を維持するために、スタッフは適切なマナーを明確に顧客へ伝えている。たとえば、受付でスタッフにチケットを渡す際には、「洗い場の場所取りや携帯電話のご利用はお控えください」といった注意が一貫して促される。西川氏は、マナーの悪い顧客が他の利用者に排他感を与える恐れがあると指摘し、次のように述べている。

「マナーの悪い人を注意して出禁にすることができない銭湯は潰れていく。お客さんに伝えるのがお風呂屋さんの仕事」(西川隆一氏, インタビュー, 2024年10月31日)。

 さらに、西川氏は常連客による排他的な態度にも言及している。たとえば、浴場内の洗い場の場所取りや、新規の顧客に対してマナーを注意したり、時には怒鳴ったりする行動が見られるという。こうした行為に適切に対応することが、誰もが気軽に訪れやすい環境を維持するうえで重要であると西川氏は強調している。このように、顧客に対して適切なマナーを効果的に伝えることは、多様な顧客層が快適さと尊重を感じられる空間づくりにおいて欠かせない役割を果たしている。

シナリオ#2:狛江湯の浴室で

 

四人の高齢の女性客が、入口近くの洗い場に並んで座り、楽しそうに会話を交わしながら体を洗っている。しばらくすると、そのうちの二人が挨拶を交わし、脱衣所に向かって出ていった。

私は浴槽に浸かっていたが、そのうちの一人の高齢女性が同じ浴槽に入ってきたのに気づき、「よく来られるんですか?」と声をかけた。すると、その高齢女性は「毎週土曜日に何人かとここで待ち合わせしてるのよ」と教えてくれた。さらに、「最近全然見ないと思ったら、今日久しぶりに来ててよかったと思って」と、洗い場にまだいる別の女性を指さして言った。

その女性は、最近背中の手術を受けたため、しばらく銭湯に来られなかったのだという。高齢女性は続けて、「後で彼女の背中を洗ってあげるんだけど、まだ歯を磨いてるわ」と言った。

その後、高齢女性との会話は約20分間続いた。また、近隣に住む中年ほどの女性も加わり、会話はさらに盛り上がった。高齢女性は、狛江湯との長い付き合いについても話し始め、初代オーナーの時代から通っていると語った。銭湯を今でもよく訪れている友人たちも、同様に長年の常連であるという。また、改修後の狛江湯の清潔さが特に気に入っている様子で、その高齢女性は自身の息子や孫についても語ってくれた。

図24:狛江湯にて、銭湯でのマナーを示すポスター

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 結論として、狛江湯の大規模な改装は、入浴のみを目的とした従来の銭湯から、多面的な体験を提供する空間へと転換したことを示している。建築デザインやサウナ、飲食、イベントなど、入浴以外の多様な体験を提供することで、「街のメディア」としての銭湯へと進化し、若い世代や地域外からの訪問者といった多様な顧客層を引き寄せることに成功したと言える。

 再構築された銭湯空間において、西川氏は、個々の顧客がひとりを楽しみながらも他者の存在を感じられる環境の実現を目指している。このビジョンは、多くの個人客が訪れるカフェ/バー「SIDE STAND」に最も色濃く反映されている。顧客がどの程度他者の存在を意識しつながりを感じているかは明確に判断できないものの、フィールドワークの結果からは、物理的な空間レイアウトやそこで醸成される雰囲気が、ひとりの時間と社会的つながりの双方を感じさせる可能性があることが示唆されている。

 また、狛江湯は、個人客がひとりの時間を楽しめる空間であると同時に、家族や友人などのグループ客も多く引き寄せている。彼らは共同入浴という体験を通じて社会的関係を深めており、狛江湯はそうした交流の場を提供する重要な役割を果たしていると言える。

 さらに、大規模な改装によって銭湯の風景が大きく変わったにもかかわらず、狛江湯は地域の高齢の常連客にとっても依然として社交の場としての機能を維持していることが確認された。銭湯環境の向上に向けた取り組みや、マナーに関する顧客との確かなコミュニケーション、そして排他性を生む行動への適切な対応は、顧客が狛江湯に歓迎されていると感じ、快適に過ごせる空間をつくるうえで重要な要素である。このようにして狛江湯は、多様な顧客がひとりの時間を楽しみながらも社会的なつながりを感じ、仲間との関係性を深められる空間を提供しているのである。

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