銭湯の衰退は、近隣住民が定期的に通う場所としての機能や、地域コミュニティの中核としての役割が縮小しつつあることを示している。しかし、京島地域にある電気湯は、そうした傾向に抗い、依然として高齢の常連客にとって大切な社交の場として機能し続けている。電気湯では、常連客どうしの活発なやりとりが日常的に見られ、こうした交流は、地域社会におけるコミュニティライフの活力や健康を支えるものとして評価される。さらに、こうした社会性の背景には、店主・大久保勝仁氏による経営方針も大きく関わっている。彼は、電気湯を利用する顧客にとっての「居場所」を提供することを目的とし、心の回復を重視したマネジメントを行っている。
電気湯における特筆すべき特徴の一つは、地域の高齢常連客がこの銭湯空間に対して抱いている「オーナーシップ」の精神である。彼らは銭湯内の環境維持に自発的に関与し、共同の責任感を有している。これは、電気湯に対する深い帰属意識の表れと言える。
また、組織化が進んだ現代社会とデジタル・コミュニケーションの普及は、北村(2024)が指摘するように、若者が見知らぬ他者と予測不能なやりとりを経験する機会を制限してきた。その結果、若い世代は、日常的な人間関係の枠を超えて他者と意味のある関係を築くためのコミュニケーション力を、十分に育むことが困難になっている可能性がある。こうした状況において、電気湯の高齢常連客は、若い来訪者に対して自らのコミュニケーション文化を体現し、継承するような役割を担っている。若者たちは、彼らとのやりとりを通じて、日常生活では得がたい異世代との意味ある社会的つながりを築く貴重な機会を手にしている。
6.1 「最小不幸社会」
「地域って感じ」という言葉は、電気湯における高齢常連客同士の社会的な関係性について語る際に、大久保氏が口にしたものである。彼は電気湯での銭湯体験を通じて、「このまちに住む誰 もが自分の居場所を見つけられる地域版『最小不幸社会』」を提供したいと考えている(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。「最小不幸社会」とは、かつて首相を務めた菅直人が提唱した、人々の不幸の要因を最小限に抑えることを目指す政策に着想を得たものである。この政策は、病気・貧困・失業といった、いわば「目に見える」あるいは定量的に測定可能な不幸に重点を置いている(首相官邸,2011)。それに対して大久保氏は、社会的交流の欠如や孤立といった、「目に見えにくい」質的側面の不幸に取り組もうとしている。
「不幸って結構何か目に見えてるんすよ。家がない孤独とか、食費がないとか。でも、不幸っていうのは繋がりが薄くなってるとか、そういう質的なものもあるじゃないですか。今、持続可能性って言われて推し進められているものは量的なものばかり。だから、電気湯を通して、やっぱりそういうちゃんと人間が人間らしく生きられるまちをつくりたい」(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。
上記の発言にも示されているように、大久保氏は、地域住民が電気湯での銭湯体験を通じて、社会的交流の欠如といった不幸感をやわらげ、心をリフレッシュさせながら、それぞれが自らの「居場所」を見出してほしいと願っている。この文脈において、彼の考える「居場所」づくりの核心には、心の回復を支える環境の創出がある。
大久保氏は、銭湯の中で顧客同士が必ずしも交流する必要はないとしつつも、そうした社会的なやりとりが、顧客にとって不幸感の軽減や心の健康の向上につながる可能性があると捉えている。また、彼のアプローチにおいては、こうした社会的なつながりの機会が異なる社会階層や多様な嗜好を持つ人々を含め、誰に対しても開かれていることが重要な前提となっている。
「何もしない」という理 念のもと、電気湯では積極的な広報・宣伝活動よりも、誰もが受け入れられるインクルーシブな空間づくりが優先されている。さらに、顧客間のコミュニケーションを促進するための多様な取り組みも行われており、それらについては次節で詳しく述べる。
6.2 インクルーシブな空間づくり、 社会的交流を促進するための大久保氏の取り組み
「何もしない」は、大久保氏および電気湯のスタッフが経営理念として掲げる大切な方針の一つである。ここで言う「何もしない」とは、文字通り一切の行為を行わないという意味ではなく、電気湯の特定の側面に絞った広報・宣伝をあえて行わないという姿勢を指す。このようなプロモーションは、関心のある特定の層にだけ顧客が偏ってしまう可能性があるからである。代わりに電気湯では、異なる社会階層や多様な嗜好を持つ人々を受け入れ、よりインクルーシブな空間をつくることを目指している。
このアプローチを象徴する具体例の一つが、サウナの宣伝を行わないという方針である。近年、日本では特に若年層を中心にサウナ人気が高まっているが、電気湯ではサウナが設置されているにもかかわらず、積極的にアピールしていない。これは、サウナを目的としない他の利用者に排他感を与える可能性があると考えているためである。
「サウナいいよね、みたいな感じで電気湯をプロモーションすると、やっぱりどうしても同質性の高い、同じような質感を持った人たちが来ちゃうじゃん。サウナの人は、本当なんか自己研鑚大好き人間みたいな。つまりそれを裏返すと、何か努力できなくて自己研鑽できない人は、成果を生めなくてそれはあなたのせいですよ、みたいな。それが本当にちょっとだけ運悪くできない人もいるじゃないすか。そういう人たちにまでそれを押し付けるのはちょっと怖いし、電気湯がそれをやっちゃうと、そういう人がちょっと多分きにくくなると思う。ここは僕の居場所じゃないと思っちゃう。そうすると、やっぱり何か複雑ないろんな人がいる、みたいな空間はできないから、そういうのはやらない。いろんな社会層の人が滞在できる、とか居場所があるって思ってもらえるように、一応運営は心がけています」(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。
このように「何もしない」という理念のもと、大久保氏は電気湯を個々人の背景や嗜好にかかわらず誰もが歓迎されるインクルーシブな空間として位置づけている。一方で彼は、「何もしない代わりに、『機会と環境を最大限整える』」(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)と語る。この理念を具体化する基盤的な取り組みとして、電気湯では主に日々の入浴体験の質の向上に力を入れている。快適な入浴環境をつくるため、銭湯施設の徹底的な清掃を毎日欠かさず行っている。また、インタビューで明らかになった接客対応や空間レイアウトに関するさまざまな施策は、顧客同士の社会的交流を促し、その結果として心の回復に寄与すると期待されている。
まず接客対応の一環として、電気湯では「日替わり番台」と呼ばれる仕組みを採用している。これは、番台に立つスタッフを曜日ごとに交代させるものである。番台スタッフは、銭湯内で顧客が短時間の会話から長話に至るまで、最初に接する相手である。大久保氏は、次のように述べる。
「毎日同じ人が番台に入ってたりすると、常連さんとスタッフの間で会話がなくなるんですよ。それをちゃんとなくすために、毎日違ういろんな人を入れる」(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。
ローテーションによって、常連客の銭湯体験には日々新鮮さが加わるとともに、顧客とスタッフの間で新たな会話が生まれ、より活気ある社会的環境の形成につながっている。
また、スタッフは顧客に積極的に声をかけることを重視しており、挨拶や会話を交わすほか、ときには顧客とともに入浴することさえある。このような姿勢は、銭湯全体に緊張感のないリラックスした雰囲気をつくり出し、スタッフが介入しなくても顧客同士が気軽に会話を始めやすい環境の構築につながる、と大久保氏は説明している。電気湯では、スタッフと常連客の関係がカジュアルで、活発な交流が日常的に見られることが特徴的である。
筆者が実際に訪れた際も、番台にいた女性スタッフが高齢の男性常連客のもとへ歩み寄り、自力でジャケットを着るのが難しい彼を手助けする様子が見られた。二人のやりとりは終始温かくインフォーマルで、女性スタッフは「大丈夫?手伝おうか?」と穏やかに声をかけていた。このようなスタッフと顧客の気軽な関係性が、電気湯をインフォーマルでくつろげる空間として成立させ、結果として顧客同士の自発的な会話の促進にもつながっている。
スタッフによる対人的な交流に加え、電気湯では顧客同士の会話を促すために独自のメディアも活用している。たとえば、オリジナルの銭湯新聞「浴室内新聞」や、毎週更新される銭湯小説「洋洋蕩蕩(ようようとうとう)」などがそれにあたる(図25・26参照)。これらの媒体は、顧客間の自然な会話を引き出すきっかけとして機能している。
図25:電気湯で連載されている週刊銭湯小説
「洋洋蕩蕩(ようようとうとう)」

図26:電気湯の浴室内
浴槽付近の壁には、多数の写真や読み物が貼られており、顧客同士の会話のきっかけをつくっている。
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さらに、空間レイアウトの改修も、顧客同士の社会的つながりを促進するための取り組みの一つである。たとえば、待合室では、従来あった個別のベンチを撤去し、小上がりの畳敷きスペースへと改装された。この変更により、利用者が個別に座るのではなく、複数人が並んで座れるようになり、グループでの交流が生まれやすい空間が形成されている(図27参照)。
図27:畳敷き の座敷スペースへと改装された電気湯の待合室
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このように、電気湯の理念である「何もしない」を軸に、特定の要素に偏った広報宣伝を行わず、多様な背景や嗜好を持つ人々が歓迎されるインクルーシブな環境をつくり出している。そして、特定の側面に偏った経営を避け、顧客が銭湯体験を存分に楽しめるよう、機会と環境の整備に注力している。具体的には、番台スタッフのローテーション制やスタッフによる積極的な対人交流、銭湯新聞や小説など会話のきっかけとなるメディアの活用、さらには空間レイアウトの改修といった施策がいずれも顧客同士の社会的交流を促進することを目的として実施されている。これらの取り組みは、社会的交流を育み、そのつながりを通じて心の回復を促す環境を形成し、顧客に「居場所」を提供するという大久保氏の理念に基づいている。以上のアプローチを踏まえ、次節では、主な顧客層である地域の高齢常連客同士の社会的交流が電気湯でどのように展開されているかを考察する。
6.3 電気湯における社会的交流
近年、銭湯における地域の常連客の減少が見られるなかで、電気湯は例外的な存在である。顧客の約90%が京島地域の住民で構成されており、地域コミュニティの中心的な役割を果たしている。電気湯はまさに「社交場」として機能しており、とりわけ地域の高齢の常連客、すなわち大久保氏が「常連さん」と呼ぶ層が顧客の約70%を占め、活発な交流が見られる。こうした電気湯の高齢常連客からの支持は、午後3時の開店直後からの混雑ぶりにもよく表れている(シナリオ#3参照)。
シナリオ#3:電気湯の入り口にて
午後3時の開店前、約15名の地域の高齢常連客が電気湯の入口前に集まり、開店まで盛んに会話を交わしていた。これは電気湯の日常的な風景である。シャッターが開くと、彼らは一斉に一番風呂を目指して店内へと入る。電気湯のスタッフはこの様子を「開店ダッシュ」と呼んでいる。

図28:午後3時の開店直後に電気湯へ入っていく地域の高齢常連客の様子
電気湯の高齢常連客は、銭湯に誰が来るかを事前に把握していることは少ないが、毎週同じ時間に訪れることで友人たちと顔を合わせられる、と大久保氏は説明している。常連客たちも、電気湯を毎週定期的に友人と会話を楽しむ大切な社交の場として捉えている。
高齢の常連客・女性#1の発言:
「三日に一度くらいかね……昔この周辺にはもっと銭湯がたくさんあったんだけど、今は数えるほどしかなくなっちゃった……ここに来ると、みんなと話せるからいいのよね。」
高齢の常連客・女性#2の発言:
「毎日来るよ。このあたりには2、3軒銭湯がもともとあったけど、今は数軒だけ……だから、もしここ閉まっちゃったら、困るわよね。……ここに来たら、みんなの顔が見れるからね。」
これらの発言は、地域内で銭湯が減少し、それに伴う社交の場が失われることへの常連客の不安を反映している。電気湯は、そうした状況のなかで彼らにとって貴重な社交空間となっている。実際、電気湯では常連客同士が顔見知りを見かけると、「こんばんは」など親しみを込めた挨拶を交わす光景が日常的に見られる。帰り際には「お先に失礼します」という言葉が使われ、ほかの利用者が「おやすみなさい」と応じるといったやりとりも一般的である。
さらにフィールドワークでは、常連客同士の会話が始まる際の特徴的なパターンも確認された。多くの場合、最初に交わされるのは天気や季節、銭湯の設備に関する軽い雑談であり、こうした何気ないやりとりがきっかけとなって、より活発な会話へと発展していく。このような対話が、地域コミュニティにおける人々のつながりを育む契機となっていると言える(シナリオ#4・#5参照)。
シナリオ#4:電気湯の浴室内にて
顧客Aはすでにお風呂に浸かっていた。そこへ、Aの隣の風呂に入ろうとしていた顧客Bが「こんばんは」と挨拶した。
顧客AはBに話しかけた。「そっちのお湯、あんまりあったかくないよ。こっちのほうがあったかいから、こっちに来たほうがいい。」
顧客Bは「ほんとに?じゃあ、そっち行くね」と返答した。
同じお風呂に浸かったAとBは、その後もしばらく「まだお湯があんまりあったまってないね」といった内容の会話を続けた。その後、話題は変わったが、二人の会話は続いていた。

図29:電気湯の浴槽
シナリオ#5:電気湯の脱衣所にて
顧客Cが靴下を履いていたところに、顧客Dが部屋に入ってきて、「こんばんは」と挨拶をした。顔なじみを認識したCは、微笑みながら「こんばんは、おつかれさま」と返した。
Dは「今日はすごく寒いね」と話しかけ、それに対してCは「うん、急に寒くなったよね。朝起きるのがつらいよ」と答えた。二人はその言葉に共感し合い、笑い合った。
その直後に顧客Eが部屋に入ってきて、CとDの両方に挨拶をした。CはEに向かって「外、寒くなかった?」と声をかけ、Eは「うん。お風呂上がり、しっかりあったかくしてね」と応じた。
こうした短いやりとりの後、顧客C・D・Eの三人は、テレビ番組や家事、料理のレシピなど、さまざまな日常的な話題について会話を始めた。
電気湯の常連客同士の間で見られる、もう一つ注目すべき社会的交流が「背中の洗いっこ」である。これは日本の銭湯文化の中では一般的な行為として知られているが、電気湯では現在も頻繁に見られる(シナリオ#6参照)。
背中を洗ってもらうやりとりは、たいてい非常に 自然でカジュアルに行われる。顧客が「背中を洗ってくれますか」と改まって頼むことはほとんどなく、「お願い」と一言添えるだけで済ませる場面もしばしば見られる。さらに、頼まれた側がそれを断ることもほとんどなく、まるで最初からそうなることが当然であったかのように、自然な行為として受け入れられている様子がうかがえる。こうしたことから、「背中の洗いっこ」は電気湯における日常的な慣習であることが示唆される。
シナリオ#6:電気湯の浴室にて
顧客AとBは隣同士に座ってシャワーを浴び、ボディソープで体を洗っていた。
顧客Aは背を向けてBに「お願い」と声をかけた。
Bは「はい、はい」と応じ、タオルでAの背中を洗い始めた。
洗い終わると、Aは「ありがとう。あなたの番」と言った。
そしてAがBの背中を洗い始めた。
お互いの背中を洗い終えると、二人は「ありがとう」と言い合った。
その後、AとBはそれぞれ再び自分の体を洗い続けた。
また、脱衣所は常連客同士が最も会話を交わす場所である。大久保氏は「ピクニックみたいだなと思って本当にすげえなと思って。(入浴後に)女性の常連さんたちも番台でドリンク買って中で飲むみたいな人が多くて」(大久保勝仁, 個人コミュニケーション, 2024年11月19日)と説明する。
フィールドワーク中も、常連客同士の会話は脱衣所で最も頻繁に見られ、浴室や待合室に比べて会話が長く続く傾向があった。ある場面では、着替えを終えた後も15分間にわたって会話が続いていた。
これらの談話が好んで行われる場所は、脱衣所中央に置かれた大きなベンチである。常連客はそのベンチに腰掛けながら着替えやおしゃべりをする。電気湯の脱衣所は広々として視界も開けており(図30参照)、壁際のロッカーで着替える常連客も中央のベンチを挟んで視覚的な障壁なく会話を交わせるようになっている。また、ベンチが大きいため複数人が同時に座ることができ、 活発な社会的交流が生まれている。繰り返しになるが、「ソーシャル・ヌディティ」(Lebra, 1976)の概念によれば、共に入浴し、社会的な仮面を脱ぎ捨てることで、常連客同士の会話がいっそう深まっている可能性もある。
図30:電気湯の脱衣所にて
大きなベンチが中央に置かれている
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したがって、上述した高齢常連客同士の社会的関係は、電気湯が彼らにとって、馴染みの顔と交流し、有意義な社会関係を育むために定期的に訪れる、重要な社交の拠点であることを示している。前述の高齢女性常連客の発言にも見られるように、電気湯は、常連客にとって活発な社会的交流に継続的に参加できる場として認識されている。大久保氏は電気湯を、社会的交流を促進する空間として構想しており、実際にその役割を効果的に果たしているように見える。そして、こうした交流を通じて顧客が心の回復を体験し、自らの「居場所」を見つけられることを、大久保氏は期待している。
6.4 「オーナーシップ」の精神
電気湯における社会的相互作用の中でも特に注目すべき点は、高齢の常連客たちがこの銭湯空間に対して抱く「オーナーシップ」の精神である。彼らは空間に対する帰属意識や愛着を背景に、銭湯内の環境維持に自発 的に関与し、共同の責任感を有している。狛江湯や小杉湯といった他の銭湯と比較しても、電気湯の常連客はより強いオーナーシップを示しており、空間を他の利用客と「共に創る」という意識の強さにおいて際立っている。このような特徴は、以下に示すシナリオからもうかがうことができる(シナリオ#7・#8参照)。
シナリオ#7:電気湯の浴室内にて
入浴していた際、浴室内には数名の高齢常連客がシャワーで体を洗っていた。そのうちの一人の常連客が、バケツで水を床にまき、泡を流し始めた様子が目に留まった。彼女が使用していたシャワー周辺はすでに清掃されていたにもかかわらず、蛇口から水を汲 んでは繰り返し床にまいていた。最終的に彼女は、5人分に相当する広さ、すなわち浴室床のおよそ3分の1にあたる範囲を清掃し、泡一つ残らない非常に清潔な状態に整えていた。
図31:電気湯の浴室
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シナリオ#8:電気湯の脱衣所にて
脱衣所において、三名の女性高齢常連客が活発に会話を交わしていた。会話の途中、一人が壁際に置かれていたモップを手に取ると、他の二人と話しながら脱衣所の床に散らばった水滴や髪の毛を拭き取るためにモップ掛けを始めた。やがて彼女は脱衣所全体の床を清掃した。
上述のシナリオが示すように、電気湯でのフィールドワーク中に特に印象的だったのは、常連客たちが銭湯の環境維持に積極的に取り組む姿である。一般的に銭湯利用者は、自分が使用したシャワー周辺の清掃や、脱衣所で髪を乾かした後にテーブルに落ちた髪の毛を取り除くなど、基本的なマナーを守っている。しかし電気湯では、多くの常連客が自身の使用範囲にとどまらず、使っていない場所まで進んで清掃し、施設全体の快適な環境づくりに積極的に貢献していた。
電気湯の裏の事務所で大久保氏へのインタビューを行っていた際も、浴室からの物音を通じて、ある高齢の男性常連客が、自身や他の利用者がシャワーを終えた後に、他の顧客の椅子まで元の場所に戻していることに大久保氏が気づいた。こうした行動は、電気湯の常連客に見られる強いオーナーシップ精神の一端を示している。
Oldenburg(1989)が指摘するように、同じ場所を何度も訪れ、その空間に馴染み、帰属意識を持つことが、このような態度の基盤となっている。また、Oscar Newmanは「人々はある場所を自分のものと定義すればするほど、そこやその周辺で起こることを積極的に監視するようになる」と述べている(Oldenburg, 1989, p. 83)。実際、電気湯ではスタッフではない常連客たちが、銭湯内の環境維持に積極的に関わっており、彼らがこの空間に強い帰属意識を抱き、銭湯を自分たちの場として捉えていることがうかがえる。これは、高齢の地元常連客のあいだで共有されている共同責任感の表れであり、オーナーシップ精神および帰属意識の具体的な具現化である。
図32:電気湯の風呂桶と椅子
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6.5 若い世代へ、コミュニケーション能力の継承
今回調査対象とした三つの銭湯におけるフィールドワークを通じて観察された顕著な社会的相互関係の一つに、見知らぬ人に対して積極的に会話を始めるのは主に高齢者であったという点が挙げられる。実際、高齢の顧客が新規の利用者や若年層に対して自ら会話を切り出す場面がよく見られた。一方で、若者たちは見知らぬ人に自ら話しかけることは少なく、見知らぬ高齢者に声をかけられた際に、それに応じる程度にとどまっていた。
このような行動傾向は、現代社会の構造的変化や、若者が育ってきた社会的環境と関係している可能性がある、と大久保氏は指摘している。彼によれば、現代社会では、自分にとって親しみがあり予測可能な状況や人との出会いが増える一方で、異なる社会集団や予期せぬ文脈に出会う機会は減少している。そのため、こうした環境の中で育った若者たちは、自身の親しい人間関係の範囲を超えて他者とコミュニケーションを取ることが難しくなっている可能性がある。
この傾向は、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院の准教授・北村匡平氏が指摘するように、バブル崩壊以降に進行した新自由主義の台頭によって、日本社会において顕著になった「管理化」「効率化」「リスク回避」といった社会的傾向の強まりを反映していると言える。北村氏によれば、新自由主義は個人間の競争や成果主義の概念を浸透させ、成功を追求する上でコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視する価値観を定着させた。その結果、不安定なリスク要素を排除し、より効率的な成果を求めて社会全体が管理的な構造へと移行していった。
また、北村(2024)は、こうした傾向が公共空間を含むあらゆる社会空間に現れており、空間の利用者や使用方法がリスク回避の観点から管理されていると指摘する。そのため、人々が予測不可能な状況に直面する機会は減少しており(北村, 2024)、見知らぬ他者といった予測不能な存在との関わりにおいて、コミュニケーション能力の低下を招く一因となっていると言える。
さらに、教育・娯楽・買い物・交友といった日常的な営みの多くが対面を介さずに行えるようになったデジタル社会の進展も、対面でのコミュニケーション機会を一層減少させ、この傾向に拍車をかけている。加えて北村(2024)は、インターネット上のアルゴリズムが、個人にとって好ましい情報や人物のみを優先的に提示する管理的な情報環境を生み出しており、これが多様な視点や価値観に触れる機会の制限につながっていると指摘する。
このように、新自由主義によって形成され、デジタル技術によって補強された管理的かつ効率重視の社会は、若者が自らの親しい関係の範囲を越えて見知らぬ他者と効果的にコミュニケーションをとる力の低下を招いているという懸念を生み出している。
これを踏まえると、こうした社会的構造は、本調査対象となった三つの銭湯における参与観察を通じて、銭湯という文脈にも反映されているように見受けられた。しかしながら、電気湯の顧客層は主に高齢者で構成されており、若年層の顧客にとっては、ここが貴重な社会的経験の場となっており、異世代間の交流や価値ある社会的関わりの機会を得ていると考えられる(シナリオ#9参照)。
シナリオ#9:電気湯の脱衣所にて
私が浴室から出て体を拭いていたところ、脱衣所中央にある大きなベンチに座っていた高齢の女性常連客AとBが、楽しそうに会話をしていた。二人は互いの背中にボディクリームを塗り合ったり、肩をマッサージし合ったりしていた。私がその様子を眺めていたところ、顧客Aと目が合い、突然「今日、外すごく寒くない?」と話しかけられた――時期は12月中旬だった。
私は少し驚きながらも、「はい、なので今日は長めにお風呂に入ってました」と返答した。すると、彼女はさらに話を広げてくれた。最近の寒さが苦手であることや、今夜夫と食べる夕食に何を作ろうかと考えていることなどを話してくれた。途中で「ボディクリーム、塗る?」と声をかけてくれる場面もあった。まるで以前から知り合いであったかのような親しみをもって接してくれた。彼女は私がどこから来たのかを尋ね、横浜から来たと知ると驚いた様子を見せた。およそ5分ほど会話を交わした。
帰り際には、彼女が私に飴を一つ手渡してくれ、「寒いから気をつけてね!あったかくして帰って!」と温かい言葉で見送ってくれた。
上述のように、筆者がフィールドワークで電気湯を訪れた際には、高齢の常連客から気さくに声をかけられることがよくあった。電気湯の主な顧客層は高齢者である一方、一定数の若年層の常連客も存在している。電気湯では音楽イベントなどの催しも開催されており、これらのイベントには主に若者が来場する。こうしたイベントを通じて若年層の来客が増えることが期待されていたが、実際にはそのような傾向はあまり見られなかった。
大久保氏によれば、イベントの来場者の多くは京島地域の外から訪れる人々であり、電気湯の常連客になることは少ないという(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。一方、電気湯に通う若い常連客の多くは近隣に住む地域住民であり、彼らは地域を散歩している際やSNSを通じて電気湯の存在を知り、「えー、あそこに銭湯あったんだ、知らなかった」といった反応を示すことが多い(大久保勝仁氏, インタビュー, 2024年11月19日)。そうした偶然の出会いをきっかけに訪れるようになり、やがて常連客となる人もいるという。
大久保氏は、地域から来る電気湯の若い常連客たちが、高齢の常連客から頻繁に話しかけられることで、徐々にコミュニケーション能力を身につけていると述べている。大久保氏は、「常連さんとかってすごい本当にサラッとした知らん人との会話がめっちゃうまいんです」と語る(大久保勝仁, インタビュー, 2024年11月19日)。若い来客が新参者であっても、常連客は積極的に話しかけ、時にはお土産を渡すこともあるという。さらに、シャンプーなどの入浴用品を貸す習慣もよく見られ、大久保氏自身もその恩恵を何度も受けていると述べている。
こうした背景のもと、電気湯を訪れる若い顧客は、現代社会の管理化・効率重視の構造の中では得難い、貴重な異世代間の社会的つながりや交流に触れる機会を得ていると言える。地元の高齢常連客は、自らのコミュニケーション文化を若い顧客に伝える重要な役割を担い、若者たちが普段の人間関係の枠を超えた有意義なつながりを築き、コミュニケーション能力を育む機会を提供している。
結論として、大久保氏は銭湯という空間で、顧客が社会的交流を通じて心の回復を実感できる「居場所」を育むことを目指している。その実現に向けては、接客対応や会話を促すメディア、空間レイアウトの工夫など多様な取り組みを通じて、顧客同士の社会的交流の促進を図っている。また、誰もがこうした社会的つながりを享受できるように、電気湯では特定の要素に依拠した広報・宣伝をあえて控え、よりインクルーシブで居心地の良い空間づくりに努めている。
フィールドワークを通じて明らかになったのは、電気湯の社会的風景において「社交」が依然として中心的な役割を果たしているということである。近年、地域の銭湯を訪れる常連客の減少や、銭湯が地域コミュニティの拠点としての機能を失いつつある状況が指摘されているが、京島にある電気湯は、多くを占める地元の高齢常連客にとって今なお重要な社交の場として機能し続けている。彼らにとって電気湯は、社会的ネットワークに積極的に関わり合い、相互の関係を深めるための大切な集いの空間である。また、銭湯の環境維持にも主体的に携わることで、空間に対する強い帰属意識とオーナーシップの精神が根付いていることがうかがえる。
また、電気湯は、現代社会における管理的かつ効率重視の傾向から自発的な交流に不慣れな若年層(北村, 2024)にとっても、貴重な異世代交流の場となっている。高齢の常連客は、見知らぬ人にも積極的に声をかける存在として、若者が日常の人間関係を超えたつながりを築くきっかけを提供し、彼らのコミュニケーション能力の向上にも寄与していると言える。

